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昆布ロード・献上昆布

「献上昆布」

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昆布一枚に、六十もの手数。

だから料理人は昆布を畏敬する。

歴史を変えた昆布ロード

今から2200年前、

秦の始皇帝が「東の国に不老長寿の薬あり」

と部下に命じ探させました。

この不老長寿の薬こそ実は「昆布」であったといいます。

昆布は、古文書にも度々登場し、

日本人にとって長い歴史を誇る食材です。

江戸時代中期、昆布は蝦夷地から琉球を経由して

清朝へと運ばれました。

この交易ルートを「昆布ロード」といいます。


朝廷への献上品から京料理へ

イメージ昆布が日本の文献に登場するのは、

797年の『続日本書紀』に「比呂米」

(ひろめ=当時の昆布の呼び名)を献上したという記述が最初です。

遠く蝦夷地の貴重な産物として、

朝廷への献上品として送られていました。

やがて宮中では食べものとしてだけではなく

仏事や神事にも使われるようになり、

神社では神饌として神に捧げられ、

寺院では精進料理として、

やがて武家にも普及していきました。
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昆布の語源については、

アイヌ語の「コムプ」

(=水中に岩に生える草)からきた説。

「比呂米」がやがて「広布」に転訛し、

「ひろめ」から「こうふ」に音読され、

コンブになったなどの説がありますが、

アイヌ語説が有力です。



唐の時代の書『渤海伝』には

「俗に貴ブ所ハ南海ノ昆布」とあり、

渤海(ぼっかい)は、

7世紀から10世紀にかけて、

現在の中国東北部の日本海側にあった国で、

奈良時代からアイヌの人たちと交易を行い、

アイヌ語の「コンプ」が渤海に渡り、留学生によって日本へ逆輸入されたようです。

若狭から京都へ運ばれた


室町時代になると

蝦夷地から越前、

若狭を結ぶ日本海航路が開拓され、

いわゆる鯖街道を渡り京都へと運ばれるようになり、

今日の京料理にも欠かすことができないものとして利用されてきました。


1334年に作られたという『昆布売り』という狂言があります。

若狭から京都へ昆布を売りに行った昆布売りが、

大名にバカにされ、怒った昆布売りが刀を取り上げて脅し、

大名に昆布を売らせるのですが、

最初はおっかなびっくりだった大名が、

最後は楽しくノリノリになって売ってしまうという内容です。

当時、庶民はこの狂言に拍手喝采だったと言います。

勝って喜ぶ「よろ昆布」

イメージまた室町時代に、

乾燥させる技術ができたことで長期保存が可能になり、

戦国時代の武家社会では「勝って喜ぶ」に通じる縁起物として出陣式には

必ず昆布が飾られ、

また手軽な携帯食として全国へと広がっていきました。


室町時代後期に醤油が普及し、

昆布巻などの料理が誕生したのもこの頃と言われております。


江戸中期になると流通量も拡大し、

陸路では限界となり、

船も大型化していきました。

若狭で荷揚げせず、

下関経由で大阪に陸揚げされる西廻り航路ができました。


こうして大阪に昆布が運ばれるようになると、

昆布を使った塩昆布やとろろ昆布、

おぼろ昆布などが作られるようになり、

昆布加工職人や昆布商人が登場しました。

また、昆布は大阪から江戸にも運ばれ、

醤油や砂糖、みりんなどで煮含めた佃煮も登場し、

広く庶民にも食べられるようになりました。


越中の薬売り商人によって 薩摩藩から清朝へ

北前船による西廻り航路ができたことにより、

昆布は越中の薬売りによって薩摩藩に運ばれ、

さらに琉球王国(沖縄)を経て清朝へと輸出されていきました。

この蝦夷地から清朝までたどった交易ルートを『昆布ロード』といいます。


薩摩藩は、

この貿易によって巨額の利を得、

やがて明治維新へと時代が動くことになります。

昆布が歴史を変えたといっても過言ではありません。


人に不可欠なミネラルの宝庫

イメージ昆布には、

現代人にとって不足がちな45種類ものミネラルが含まれています。


戦後、欧米食に偏り、

日本型食生活が減り続けた私たち日本人は、

体にとって不可欠なミネラルが不足するという問題点を抱えています。

昆布には、体の抵抗力を増進する鉄分、

心臓の働きを正常にするマグネシウム、

細胞の増殖に大切な亜鉛、鉄とともに

ヘモグロビンを作る銅など、

健康な体を維持する栄養素がほとんど揃っています。

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